12月21日

12月21日はサンタ・マリア校の悲劇が起こった日です。
この日はあちこちでいろんな追悼イベントが開かれていました。
虐殺が起こった15時45分に合わせて、サンタ・マリア校でセレモニーが開かれると聞いていたので、私たちはそれに参加することにしました。
これは50年前に作られた慰霊碑。たくさんの花が飾られています。
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そしてこれは学校の塀に書かれた壁画。辛い労働をうまく描いています。
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これはサンタ・マリア校に吊られていた横断幕。
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これを見たときうちの旦那は「おかしい」と思ったそうです。
横断幕がオフィシャルのものではなかったのです。
実はこの日の数日前から学生による学校の占拠が行われていて、
結局遺族や労働団体などによる公式な行事を乗っ取る形で、
学生達が自分たちの主張を表す場としてしまったのです。
15時45分、近くの教会から鐘が響き、車もクラクションを鳴らして慰霊を表していたのに
サンタ・マリア校では形だけの黙祷で終わってしまいました。
学生達の主張はもっともなものでしたし、やりたい事はわかったんですが、
亡くなった労働者への慰霊という意味とは程遠かったので、
なんか変な気分のままサンタ・マリア校を後にしました。

夜には海沿いで公式行事が行われ、そちらにはバチェレ大統領とベラスコ内務大臣も
出席されていました。
この日のメインイベントはQuilapallun(キラパジュン)というグループの
「カンタータ・サンタ・マリア・デ・イキケ」の演奏でした。
この悲劇も長い間関係者以外には知られていなかったそうなんですが、
40年ほど前に作られたこのカンタータでチリの国民に広く知れ渡ることになったそうです。
そして以前行った「労働者のためのコンサート」もこのイベントの一環でした。
イキケにいる間、様々な人が演奏していたこのカンタータなんですが、
本家のQuilapallunが演奏し、一番のクライマックスの時になんと
目の前にいた女性が貧血を起こし倒れてしまいました。
幸い、たいしたこともなくて、10分ほどで起き上がっていましたが、
びっくりしたので、演奏を聞くどころではなくなってしまい、
昼間の集会同様、ちょっと消化不良な気分になってしまいました。

この後、地元の人お勧めのスシバーに行ってお寿司を食べたんですが、
とーってもおいしかったので、消化不良気味の気分もすっかり晴れてしまいました。
終わりよければ全て良し、ですね。
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by chilemoya | 2008-01-04 22:25 | 旅行